岩垣駛夫先生の声(1971年7月31日農工大 園芸懇話会より52秒間) 
 

 
 岩垣駛夫先生が亡くなったのは1993年、私が知り合ったのは農工大の
 教授時代1967年でした。先生の足跡は福島県の試験場長ほか多々あり
 ますが、農工大時代のブルーベリーに対する情熱は大きく、農工大で退
 官までの間、その情熱に接することができた私は幸運でした。    
 卒業後も家や会社にしばしば電話があり「だべりましょうや」と誘われ
 ては決まって新宿でご馳走になりながらおしゃべりをしたものです。  
 岩垣先生の印象は、小柄な体格なのに大きな声だった。人がやったこと
 に対する賞賛がうまかった。あらゆることに興味深く接した。    
 
 

 日本のブルーベリーであるクロマメノキやコケモモの調査として、福島
 県の吾妻や群馬の草津白根山周辺に何度か同行したことがあります。
 草津白根の芳ヶ平では小屋の人がクロマメノキの実を収穫して漬け込ん
 だ瓶が並んでいるのにえらく感心しておられたのを思い出します。 
 

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